空の安全を守るために最も重要となるのが、航空機の確実な安全性です。そのため、世界各地を飛び回った航空機は、定期的に格納庫で整備されます。航空機が小さく見えるほど巨大な格納庫が、機体スタッフが働く現場の一つです。
格納庫に収められた航空機は、専門の資格を持った整備士が細部に至るまで徹底的に点検と整備を行います。その作業の補助を機体スタッフが担当します。具体的には、機外では航空機に塗られている防錆剤やグリスを落としたり、機内ではシートのカバーや断熱材を外したり、点検・整備が終われば元に戻したり防錆剤を塗るなど、実際に行う作業は多岐にわたります。
なぜ、この作業が必要なのか。航空機は非常に複雑な構造で、点検・整備項目も膨大。しかも一つのミスも許されない世界です。そのため、整備士が確実に作業に専念できる環境を作り出すことが必要で、それが空の安全を保つことにつながるからにほかなりません。
また、約2カ月ごとの機体洗浄も重要な仕事の一つとなります。縦10cm、横30cm程度のモップを使って手作業で入念に洗っていくのですが、10人前後の作業員で航空機1機を洗い上げるまでに要する時間は約6時間。小さなモップという巨大な航空機とは不釣合いな道具を使って、これほどまでに手間と時間を掛けて作業することには理由があります。
機体を洗浄することは、航空機の美観を保つとともに腐食を防止。さらに機体が綺麗になることで空気抵抗が減って燃費が良くなるという好循環も生まれるからです。また、隅々まで目や手の感覚を使いながら作業をすることで、機体の小さな異常も見逃さないのです。
青空に映える白い機体と尾翼の赤い鶴丸。その美しさを保っているのが機体スタッフの一人一人。グランドハンドリングのなかで最も航空機に近い場所で、航空機のすべてを見ることができるのが機体スタッフです。
成田空港の滑走路運用時間を超えた深夜0時過ぎ、離発着する航空機もなく静かな空間。自然に囲まれた成田空港の夜は都会に比べて一段と冷え込む。そんななか白い息を吐きながら地上10Mで機体洗浄作業を続けていたのが、機体課に所属する鈴木夏輝だ。
「高いところは嫌いじゃないです。ただ長いモップを前後左右に振るので少しだけ揺れます。最初は多少の怖さはありましたけど、今は慣れましたし、何より上からの景色は気持ち良いですよ。」
身長の倍ほどの長さのモップを片手に高所作業車から降りてきた鈴木は疲れも見せず笑顔で話す。
JALグランドサービスのなかでも『何でも屋』と称されるほど業務内容の幅が広く多岐にわたる部門。それが機体業務だ。
「昔から飛行機自体好きだったんです。趣味の旅行とも相まって空港にはよく訪れていたのですが、飛行機の周りで働く人たちのかっこよさに惹かれてこの会社に入りました。配属されたのは機体課で、正直どんな仕事をしているのか知らない部分が多かったのですが、重整備の補助作業ではめったに見ることができない機体の内側も見られますし、整備マニュアルを調べることも多く、知識も増え、いまだに刺激や驚きが多いですね。もともと飛行機好きだった私は、この仕事にどんどんのめり込んでいきましたし、幅広い業務に携わっていることを誇りにも思います。」
鈴木は日々の仕事で心掛けていることがある。
「『JALフィロソフィ』にもある言葉なんですが、『常に明るく前向きに』これが私のモットーです。暗い人には声を掛けにくいけど、明るい人には声を掛けやすいじゃないですか。それなら色々な人に声を掛けてもらい仲間を増やしていきたいなと。仲間意識が強いほど助け合えるし、仲間の為に確実で丁寧な仕事ができる。それがその先の空の安全にも繋がっていくと思います。」さらに言葉を続ける。
「ただ、色々な人から声を掛けられることで仕事が増えることもありますが、頼られないよりはずっとましで『まずやってみよう精神』で何でもトライしています。それが自分の成長にも繋がっています。」と終始笑顔で話す、それが人を惹きつける最大の要因だった。
機体洗浄は翌日のフライトに向けて夜間に行われることが多い。普段なかなか見ることのない作業はどのように行われているのか。
「8人ほどのチームで約6時間。モップとブラシを使ってすべて手作業で行います。地上からだけではなく、高所作業車に乗りながら作業します。学生の頃、床へのモップ掛けは経験しましたが、上や横にモップを向けて磨いた人はいないですよね。なので一人前に作業できるまでにはかなり練習もしましたし、先輩からもたくさんアドバイスをいただきました。やっぱり先輩はレベルが違います。普段控室ではたわいもない会話をしている方も、一歩現場にでれば仕事モードに。まさに『職人』という言葉が似合う人がここには多くいます。」
成田空港には多くの海外エアラインが乗り入れているが、JALの機体は他の海外エアラインに比べて胴体周りに白い部分が多く、太陽や照明に照らされるとひときわ輝いて見える。
「JALの機体は白くてきれいで当たり前なんです。他の部門もそうですが我々の仕事は当たり前を創っているんです。ですのでお客さまに感謝されなくても、気づかれなくてもいいんです。ただ愚直にお客さまの当たり前を創っている。グランドハンドリングのそんなところが私は好きです。」
普段何気なく見ている美しい白い機体。それは鈴木たち機体スタッフの仕事の賜物だ。そんな鈴木の胸名札に目をやると、名前に「輝」の文字が入っていた。